平成15年9月30日

コイ科咽頭歯の考察

淡水大魚研究会

北関東・遠藤和彦

1. はじめに


これまでに、よく釣り雑誌やその他の書物でコイの咽頭歯(いんとうし)を紹介した記事を見たことがありますが、そのほとんどが下歯のみの紹介だったように思います。
ベトナム(ハノイ市)に赴任していた4年前のある休日、市場の中を歩いていたら、よくエサの藻エビやタニシを買った魚売り場に長さ15cmくらいの草魚の頭が売られていました。そうだ、草魚の頭の骨格模型を作ってみようなどと意気込んで、早速頭を買ってきて鍋に入れ、茹でること2時間あまり、ようやく骨と身が剥がれてきました。ひとつひとつ組合わせの絵を書きながら、骨を分解し始めたものの、次第に小さな骨が多くなり、途中から骨の順番・取付け方向がわからなくなってきて、結局ギブアップしてしまいました。それでも、とにかく歯だけはちゃんとしたものを手に入れたいと慎重にバラしていくと、ありました、例のノコギリのような白い歯が。その噛み合わせを見ていたその時、くすんだ琥珀(コハク)色をしたものに気付き、一瞬"目が点"になってしまいました。ギザギザで何か使い込んだようなキズ跡。"そうだ、これが上歯なのだ"。いつも下歯しか気にしていなかったのですが、歯というのは、上下あってこそはじめてその機能を果たすものだという当たり前のことをあらためて認識した次第です。

       
          
 
  写真1.草魚の頭骨一式(裏面・展開)      写真2.草魚の上歯


今、私の机上にコイ、草魚、連魚の上下咽頭歯と草魚の頭骨一式があります。眺めていると自然とはつくづくよくしたものだと感心せざるを得ません。食性により、全く歯の形が各様で、それぞれの機能を十分に満たしているように思えてきます。以下、各魚種ごとの特徴を考察してみたいと思います。


2. 上歯

 
 
写真3.左からコイ・草魚・連魚の上歯                  写真4.草魚頭骨(裏面)


(1) 各サンプルの魚体はコイ・50cm、草魚と連魚はそれぞれ推定90cmくらいと思われる。上記写真でわかるように、上歯は1個体1個しか無いが、魚種により全く異なる形をしている。[タテxヨコxアツサ:コイ(17x15x5mm)・草魚(25x15x7mm)・連魚(37x34x0.5mm)]
(2) コイと草魚の上歯が分厚い(どちらかというと、塊・かたまり)のに比べて連魚の上歯は、画用紙程度の厚さしかない。いずれも固いが、コイの上歯をナイフで削って燃やしたところ、青白い炎で燃えたことと爪を燃やしたようなニオイがしたことから、組成はカルシウムではなく、爪や動物の角と同じようなタンパク質なのかもしれない。
(3) 写真3の中央・草魚の上歯は、写真4草魚の頭骨中央部の隆起した骨の先端部にガッチリと着いており、また、連魚も同様に隆起した骨の先端の扇形をしたような台骨にくっついている。
(4) コイの上歯は、正方形に近いひし形で、下歯と接する方の表面には無数の傷があるが、特に模様と考えられるものはない。
(5) 草魚の上歯は、洗濯板状で下歯の歯数とぴったり一致する。コイ・草魚ともに上歯はとても頑丈そうである。
(6) 連魚の上歯は、コイ・草魚に比べるとだだっ広く、表面には下歯と一致する幅6〜8mm、長さ17mmほどの凹みが左右4対ある。

3. 下歯


   
写真5.コイ下歯(左)        写真6.草魚下歯(左)       写真7.連魚下歯(左)


(1) 各魚種の下歯はいずれも固くカルシウム質で、人間の歯と同様に表面はエナメル質のつやがある。
(2) コイの下歯は、左右対象でそれぞれ4本あり、口に食物の入っていく順番から、中・大の臼歯があり、そのすぐ横に近接して極小の臼歯、さらに奥に先端が丸い臼歯となっている。手前3本の臼歯のサイズは中・大・極小それぞれ長手X短手:5x3mm・7x5mm・2x2mmで表面に2〜3本の波形の溝がある。丸い臼歯は、3x5mmの楕円形をしていて、さらに高さ0.5mmくらいの突起がある。
(3) 草魚の下歯は、左5本、右4本で非対称であるが、右側に欠落した跡は無い。この左右非対称の理由を上歯との噛み合わせから考えると、上歯と下歯でギシギシと草をかむ際に互いの歯が、ぶつからずにうまく交差できるように、左右の歯の本数を変えて、歯の位置を微妙にずらしているのかもしれない。各下歯が上歯と接する面は、ノコギリの歯、どちらかというと平ヤスリの歯のようになっており、その大きさは、タテxヨコxアツサ:10〜15x6x2mmである。このほか、八重歯のような長さ9mm程度のキノコ状の歯が左右2対づつ、ノドの奥側に生えている。
(4) 連魚の下歯は、それぞれ4対あり、平べったくインゲン豆の半割れのような形をしている。その大きさは、タテxヨコxアツサ:16〜20x6x5mmである。

4. 噛み合わせと釣りへの応用

   
    写真8.コイの咽頭歯(上下) 写真9.草魚の咽頭歯(上下)   写真10.連魚の咽頭歯(上下)

(1) 草魚の場合、上下咽頭歯は直径50mmくらいの筋肉の固まりで覆われている。他のコイ、連魚も同様であろうと推測される。この強大な筋肉がタニシを噛み砕いたり、ケプラートのハリスをも擦り切ってしまうのであろう。
(2) 写真8・9・10のいずれも写真手前から魚体内にエサが呑み込まれていく。
(3) コイの下歯は、手前(唇側)3本が平らな臼歯でトウモロコシ等の穀類や小エビなどの甲殻類等を噛み潰すのに適しているが、その構造上、噛み切ることはできそうにもない。奥側の楕円形の臼歯は、その先端突起でタニシ等の固い殻に小さな穴を開け、さらに噛み砕くのに適しているように思われる。言い換えると、タニシは口中深く呑み込まれて、そこで潰される、つまり針掛りしやすいエサだとは言えまいか? とにかくコイは、草魚のような維管束植物を噛み切るには向いていないが、それ以外何でも食べられる歯、食べるのに適した歯を持っていることだけは確かである。
(4) 草魚の噛合わせは、やはりギシギシというイメージである。9個の平ヤスリで擦られるのだから、針掛りしてモタモタしていたらハリスを噛み切られてしまう。その一方でこの歯は、ギザギザの面のみで平面的部分がないため、穀類を噛み砕くには安定性がなく、穀類食には適していないように思える。トウモロコシなどを食べたら、歯と歯の間に挟まってしまい、それこそ水を吸いながらチュパチュパ、シーハーシーハーと外すために苦労することだろう。やはりヨシやマコモのようなやわらかい維管束植物食に向いているのと思われる。
(5) 連魚の噛合わせは、まさに平面と平面での擦り潰しである。クロレラやアオコなどの動かない植物性プランクトンをひたすらスリスリ、スリスリとすり潰しながら食べているのであろう。薄い上歯の構造から、当然固い穀物類は食せないことは明白である。それにしても、細かい植物性プランクトンのみを食しているにもかかわらず、あのような大きな体に育ち、かつ釣られた時のあのパワーがプランクトンから得られるとは脅威である。

5. 最後に


各咽頭歯の特徴を自分の考えられる範囲でまとめてみましたが、学術的に見ると間違っている個所もあるかもしれません。その点はご了承願います。さらに釣技に生かせるヒントを今回の検討結果から得ようと試みたのですが、割りと平面的な分析に終わってしまいました。会員の皆様には、写真等をもとに更なる分析をされて、今後の釣技開発の参考にしていただけたら幸いです。

なお、コイ、草魚、連魚と来ると、次はどうしても"青魚"と行ってみたくなります。青魚の咽頭歯を入手できたら、さらに青魚の食性分析をしてみたいと考えております。

会員諸兄のますますのご健勝を期待して

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