セミ時雨の中で
北関東支部 遠藤 和彦 


「砂沼」

砂沼(さぬま)。筑波山から10kmほど西にある周囲6kmのヘラ釣りで有名な沼である。        ここで120cmオーバーのソウギョを釣ろうと昨年から計画を練り、1月から通い始めた。
地元の鯉師に聞くと、「ソウギョは最近釣れていないが、アオウオは昨春165cm、そして今春は140cmが数本上がっている、コイもメータークラスがいるはず」とのこと。やはり期待通りの大物沼にちがいない。
今年はこの沼を攻めてみようと釣行すること15回。しかし、春先に70cmの日本ナマズがかかったものの今日まで釣果はない。考えられるポイントにあちこちとサオを出しながら地元のヘラ師と話したりしつつ、それらしいポイントを探していた。

 お盆前のある週末、沼の流れ込みでサオを出していたところ、ひとりの老人が私のウキをじっと見つめていた。あいさつを交わしたら、いつもの釣り談義となった。その老人は、かつてのSF映画“ET”そのもののように、小柄な体つきで日焼けした額には眉間から目じりにかけて幾本もの山形の深いしわが刻まれていた。コイ釣りもするしヘラ釣りもするというその老人はいわゆる地元の常連さんである。この常連さんからポイントの説明を聞いているうちに、神社の西岸でかつて宇都宮の芸者置屋のダンナがよくコイを飼い付けして釣っていたという話に何かしら興味を惹かれ、早速行って見ることにした。

 この沼の岸はほぼ一周できるように遊歩道が作られていて、全周に亘り桜が植えられ、ほどよい木陰を形成している。樹齢は30年から50年くらいであろう。所々に休憩用のベンチや東屋が設置されている。老人の言われたように道をたどっていくと、じきに神社の西側に着いた。水深3m、固い粘土質のような底、水通しのよい出っ張りの先端。釣り場には申し分ない。しかし、まだ水温は28度もある。釣果は望めないかもしれない。でもこの場所が気に入り、しばらくタニシのエサ撒きに通ってみることにした。

 お盆明けの週末、タニシを拾って現地に着いたころにはもう7時をまわっていた。ウキ釣りシカケにタニシを付けて投餌。寄せ餌のタニシも撒いた。さぁ、あとは“宝は寝て待て”だ。静かに待つほかはない。桜の木の下に作られたコンクリート製ベンチに低反発の座布団を敷き、ヘラ釣り師のように胡坐(あぐら)をかいて座る。「早朝座禅」の本を読んでは、しばし目線を湖面のウキに移す。ただ無心でやわらかくウキを見つめている。ウキ釣りにはサオ先でアタリをとる脈釣りともまたセンサーによる釣りの味わいとも違う何かホッとするものがある。“ミーンミンミンミィー、ミーンミンミンミィー”とあちこちでアブラゼミが鳴き出した。目を閉じると、セミ時雨が体を抜けていく。木陰を吹く風は実に涼しい。水は鏡の如く平かで、空の青を写している。ところどころアメリカシロヒトリに食われて穴の空いた桜の落ち葉が浮かんでいる。オニヤンマが先程来から木陰の中を行ったり来たり。時折ヘラ釣り用の船がゆったりと沖を横切っていく。私の座っているベンチの背側は遊歩道になっているので時々散歩する人たちが通る。こちらからあいさつをしたり、向うから先にあいさつされたり、時にはひとりになって考えていたいふりをしてもいい。ああ、何と心地よい気分であろうか。このような癒しの空間があったことに感謝したい。コイ釣りという趣味をもっていて、本当によかったと感じたひとときであった。


                                        

戻る